ロマノフ王朝の記憶を纏う。伝説の宝飾師ファベルジェを虜にしたデマントイドの輝き
ダイヤモンドを超える輝きを持つデマントイドガーネット。ロシア皇帝やファベルジェに愛され、一度は歴史から消えた「幻の宝石」が辿った数奇な運命と歴史を紐解きます。

ロシアの広大な大地から、まるで魔法のように現れた一石の緑。今回は、鮮烈な輝きでかつての皇帝たちを虜にし、歴史の波に翻弄された宝石、デマントイドガーネットのお話を紹介します。
「デマントイド」という名前、宝石好きの方なら一度は耳にしたことがあるかもしれません。これはオランダ語でダイヤモンドを意味する「デマント」に由来しています。1850年代、ロシアの ウラル山脈 でこの石が初めて見つかったとき、当時の人々はその眩い光の分散( ファイア )を見て、「これは緑色のダイヤモンドに違いない!」と本気で驚いたそうです。
当時のロシアは、ロマノフ王朝の華やかな文化が爛熟期を迎えていました。この新発見の宝石に真っ先に目をつけたのが、時の権力者である皇帝一族や貴族たちでした。
特に、ロシア最後の皇帝ニコライ2世の時代には、この石は単なる装飾品を超えた特別な意味を持つようになります。長く厳しい冬に閉ざされるロシアにおいて、デマントイドの鮮やかなネオングリーンは、待ちわびた「芽吹きの春」や「生命の再生」を象徴する色でした。皇帝は、愛する皇后アレクサンドラや娘たちへ贈る私的なジュエリーに、好んでこの希望の色を取り入れたといいます。
そして、その美しさを芸術の域にまで高めたのが、あの伝説的な宝飾師ピーター・カール・ファベルジェです。 「インペリアル・イースター・エッグ」で知られる彼は、デマントイドを「ロシアの大地が生んだ最も誇り高い宝石」と称えました。彼のアトリエから生み出される繊細なブローチやペンダントの中で、デマントイドは小さな花びらとなり、あるいはトカゲやカエルの瞳となって、ダイヤモンドさえも霞むほどの強い光を放ち続けました。当時の社交界では、ファベルジェが仕立てたデマントイドを身に着けることが、洗練された大人の証だったのです。
しかし、そんな栄華を極めたデマントイドガーネットも、歴史の荒波には勝てませんでした。 1917年のロシア革命によって帝国が崩壊すると、貴族たちの宝石は散逸し、鉱山での採掘もパタリと途絶えてしまいます。それから長い間、この石は市場から姿を消し、 アンティークジュエリー の中でしかお目にかかれない「幻の石」として、コレクターの間でひっそりと語り継がれる存在になりました。
再び脚光を浴びたのは、それから約100年が経った20世紀の終わり頃。ナミビアやマダガスカルなどで新たな鉱床が見つかり、ようやく私たちの前にもその姿を見せてくれるようになったのです。
今ではいくつかの産地がありますが、やはり愛好家が「いつかは」と憧れるのは、あの皇帝一家やファベルジェも愛したロシア産です。厳しい寒さのロシアの地で育まれた石が、激動の時代を越えて今、私たちの手元にある。そう思うと、ただ美しいだけでなく、壮大な歴史のロマンを感じずにはいられません。
完璧に整った現代のジュエリーも素敵ですが、たまにはこうした深い「物語」を纏った宝石を選んでみるのも、大人の贅沢な楽しみ方だと思いませんか。




