Lapis LazuliJanuary 16, 2026

ファラオと永遠の夢|時を超えるラピスラズリの旅路 Vol.2

砂漠の都エジプトへ。削られ、ファラオの黄金のマスクの一部となる。王の魂を守る「聖なる護符」として生きた、誇り高き日々の記憶。

ファラオと永遠の夢|時を超えるラピスラズリの旅路 Vol.2

山を降りた僕を待っていたのは、気の遠くなるような長い旅だった。

あの温かい手をした男から、商人の手へ。 ラクダの背にある麻袋の中は、揺れと、獣の匂いと、耐え難いほどの乾燥が支配していた。 ヒンドゥークシュの冷涼な風はもうない。布の隙間から入り込むのは、喉を焼くような熱砂の息吹だけだ。

どれくらいの時間が経っただろう。 不意に、周囲の空気が変わった。 風の音だけだった世界が、何千、何万という人間たちの話し声、家畜の鳴き声、市場の喧騒(けんそう)に塗り替えられたのだ。 メソポタミア、あるいはエジプト。 当時の世界で最も栄えた、巨大な文明の都に僕は辿り着いた。

「これが、東の山から届いた『天の石』か」

麻袋が開かれ、僕は工房の作業台に転がされた。 そこにいたのは、鋭い眼光をした職人たちだ。彼らの目は、あの鉱夫たちのような純粋な崇拝ではなく、もっと冷静で、品定めをするような光を宿していた。

「悪くない。だが、まだ皮を被っている」

職人の一人が、硬い石英の砂と水を使い、僕の体を強く擦り始めた。 ザリ、ザリ、ザリ。 身を削られる感覚。それは痛みというより、自分を覆っていた余分な殻が剥がれ落ちていくような「解放」に近かった。

僕の表面を覆っていた白いカルサイトの膜が消え、内側に隠していた本当の青が露わになる。 水をかけられるたび、僕は深く、艶やかに、夜の闇よりも濃い色へと変わっていった。 職人の指先は傷だらけで、マメが潰れ、血が滲んでいる。 それでも彼は手を止めない。彼もまた、僕という石の中に、自分の人生のすべてを懸けていたからだ。 僕が輝けば輝くほど、彼の手は荒れていく。その献身が、僕に「美」という魂を吹き込んだ。

「完成だ……」

磨き上げられた僕は、黄金の台座に乗せられ、宮殿の奥深くへと運ばれた。 重厚な扉が開く。香油の甘い香りが漂う部屋。 そこに、世界の全てを支配する男──ファラオがいた。

彼は僕を手に取ると、長い時間、無言で見つめた。 その瞳の奥には、絶対的な権力者ゆえの孤独と、死への根源的な恐怖が揺らめいているように見えた。 彼は僕を見ているのではない。僕という「永遠に変わらない青」を通して、自らの魂の行方を探しているのだ。

「この青は、私の命そのものだ」

ファラオは静かに呟き、僕を自分の棺(ひつぎ)、その黄金の仮面の額(ひたい)に嵌め込むよう命じた。 人間たちは、僕を「飾り」だと思っているかもしれない。 けれど違う。この時、僕は彼らの「祈り」を受け止めるための器(うつわ)になったのだ。

やがて訪れる死の闇の中で、王の魂が迷わぬよう、僕はこの青い光で道を照らし続ける。 それが、山から連れ出され、削られ、磨かれた僕に与えられた役割。

黄金の輝きと、静寂に包まれた王の寝室で、僕は覚悟を決めた。 人間の寿命は儚(はかな)い。まばたきするような一瞬だ。 だからこそ、僕はその一瞬を永遠にするために、ここで輝き続けよう。

【Jewelism コラム:王の聖石】 古代エジプトにおいて、ラピスラズリは「天空」や「再生」を象徴する特別な石でした。 物語にも登場するツタンカーメン王の黄金のマスク。そのアイラインや眉に使われている紺色の石こそが、ラピスラズリです。 当時の人々は、この石に「死後の世界でも迷わないための道しるべ」としての願いを込めました。ただの装飾品ではなく、魂を守る護符(アミュレット)として、王と共に永遠の眠りについたのです。

Jewelism Market 編集部
Written by

Jewelism Market 編集部

宝石の「歴史」と「個性」にフォーカス。石そのものが持つ美しさと、背景にある奥深い世界をお届けします。

More Stories & Items

Related Contents