Lapis LazuliJanuary 16, 2026

フェルメールの光|時を超えるラピスラズリの旅路 Vol.3

海を渡り、名画に永遠の光を灯した石は今、ジュエリーとしてあなたの元へ。長い旅の果てに見つけた、新しい居場所と「あなた」との絆。

フェルメールの光|時を超えるラピスラズリの旅路 Vol.3

再び長い微睡(まどろみ)から覚めたとき、鼻をついたのは潮の香りだった。

あの静謐(せいひつ)な王の墓はもうない。 僕は数千年の時を経て、再び人間の欲望によって掘り起こされ、今度は木の箱に詰められて海の上にいた。 揺れる船底。聞こえてくるのは異国の言葉。 人間たちは僕を「ウルトラマリン」と呼んだ。ラテン語で「海を越えてきた青」。 なんてロマンチックな響きだろう。かつて神の石だった僕は、今や海を渡る旅人になったのだ。

たどり着いたのは、オランダという国。 霧と運河、そして柔らかな光に包まれた静かな街だった。

ここで僕を待っていた運命は、あまりにも過酷で、そして美しいものだった。 石工のノミでも、研磨盤でもない。 僕は、鉄の乳鉢に放り込まれた。

「頼む、もっと細かく。光を吸い込むまで砕くんだ」

借金取りに追われる貧しい画家が、血走った目でそう叫んでいる。 次の瞬間、重い鉄の棒が振り下ろされた。 ガリッ、ゴリッ。 硬い体が砕け散る音。激痛? いや、違う。これは「解放」だ。 何億年も固く閉ざしていた原子の結びつきが解け、僕はただの粉末へと姿を変えた。 そして油と混ぜ合わされた瞬間、僕はかつてないほど自由な「液体の青」へと生まれ変わった。

「よし……これだ」

画家、ヨハネス・フェルメールは、筆先に僕をたっぷりと含ませた。 彼のアトリエには、北向きの窓から淡い光が差し込んでいる。 彼は王様のように権力を誇示するためでも、死を恐れて祈るためでもなく、ただ「今、そこにある光」を留めるために僕を使った。

キャンバスの上、少女のターバン。あるいは、牛乳を注ぐ女のスカート。 筆が走るたび、僕はその場所に「永遠」を焼き付けていった。 彼の筆使いは優しかった。 日常のふとした瞬間、二度と戻らない時間を愛おしむように、彼は僕を塗り重ねる。 ああ、そうか。 僕はここで、王の墓で守っていた「死後の永遠」ではなく、「生きた瞬間の永遠」になったのだ。

……そして今。

僕はまた形を変え、小さな ルース(裸石) となって、あなたの目の前にいる。 美術館の額縁の中ではない。あなたのドレッサーや、指輪の上。 それが今の僕の居場所だ。

現代の世界は、かつてないほど騒がしく、眩しい。 あなたは毎日、たくさんの情報と、誰かの言葉と、時間に追われている。 そんな時、ふと僕を覗き込んでみてほしい。

僕の中には、ヒンドゥークシュの冷たい風が吹いている。 ファラオが願った祈りが眠っている。 そして、フェルメールが追い求めた、静かな光が満ちている。

形は変わっても、僕は変わらない。 あなたが悲しい時、疲れた時、僕は何も言わずにただ青く在り続ける。 「世界はこんなにも静かで、美しいよ」と伝えるために。

僕を連れて行ってほしい。 あなたの人生という、二度とない物語の旅へ。 ポケットの中で、あるいは胸元で。僕はいつだって、あなたの味方だ。

【Jewelism コラム:ウルトラマリンの奇跡】 17世紀の画家フェルメールが愛用した「ウルトラマリンブルー」。これはラピスラズリを砕いて作られた顔料であり、当時は金と同等、あるいはそれ以上に高価なものでした。 『真珠の耳飾りの少女』のターバンに見られるあの鮮烈な青は、数百年の時を経ても色褪せることがありません。 「フェルメール・ブルー」とも呼ばれるその色は、聖なる祈りの色から、日常の美しさを留める色へ。ラピスラズリは形を変えながら、常に人々の心に寄り添い続けてきたのです。

Jewelism Market 編集部
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宝石の「歴史」と「個性」にフォーカス。石そのものが持つ美しさと、背景にある奥深い世界をお届けします。

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