英雄の命を救った『偽りの赤』 ── イギリス王室がルビーと信じ抜いた、至高のスピネル
「黒太子のルビー」の正体はスピネルだった。なぜ長年混同されたのか?イギリス王室の歴史とルビーとの違い、現代におけるスピネルの価値を宝石ライターが解説。
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イギリス王室の象徴である重厚な王冠。その中心でひときわ輝く170カラットの赤い石は、長らく「ルビー」として歴史の荒波を越えてきました。
戦場で王の命を救い、歴代君主の戴冠を見守ってきたその石の正体が、実はルビーではなく「スピネル」だと判明したのは、歴史の幕が上がってから数百年も後のこと。しかし、その輝きが放つ気高さは、名を変えてもなお色あせることはありません。
なぜ、この石は王たちを騙し続けることができたのか。そして、なぜ人々はその「嘘」さえも愛し続けているのか。
今回は、歴史の裏側でルビーという仮面を被り、国を護り続けた至高の宝石、レッドスピネルの数奇な物語を紐解いてみましょう。
王冠に宿る戦記 ── 「 黒太子のルビー 」が辿った700年
「黒太子のルビー」という名を聞くと、多くの人が深紅に輝く最高級のルビーを想像するでしょう。しかし、その正体は巨大な「レッドスピネル」です。この石が歩んできた道は、まさに血と火に彩られた壮大な戦記そのものでした。
1. 始まりは、裏切りと略奪の果てに
この石が歴史の表舞台に現れるのは、14世紀のスペインです。当時、グラナダ王国(※1)のイスラム王子アブー・サイードが所有していたこの石は、第一次カスティーリャ継承戦争(※2)の最中、カスティーリャ王(※3)ペドロ1世(※4)の手へと渡ります。
その経緯は凄惨なものでした。戦争の中で追い詰められ、和平交渉に訪れたアブー・サイードを、ペドロ1世が暗殺。その亡骸から奪い取ったものだと伝えられています。まさに「血塗られた宝石」としての幕開けでした。
2. 「黒太子」の手に渡った勝利の報酬
その後、ペドロ1世は自らの王位を巡るさらなる内乱に巻き込まれます。彼を助けたのが、イギリス王エドワード3世の息子であり、漆黒の甲冑を身に纏い戦場を駆けた英雄、「黒太子」(※5)エドワードでした。
1367年、ナヘラの戦い(※6)で勝利を収めた黒太子は、援軍の報酬としてペドロ1世にこの赤い石を要求します。こうして石は海を渡り、イギリス王室の家宝となりました。
3. 持ち主の命を救った、戦場の守護石
この石には、伝説的な「守護」のエピソードも残されています。1415年、アジャンクールの戦い(※7)に挑んだヘンリー5世は、この「ルビー」を飾った兜を被って出陣しました。
激戦の中、フランスのアランソン公が放った斧の一撃が王の頭を直撃します。兜は割れ、王はあわや命を落とすところでしたが、奇跡的に無傷で生還しました。人々は「この宝石が王の命を守ったのだ」と信じ、以来、この石はイギリスの勝利と守護の象徴として、より一層神聖視されるようになったのです。
4. ヴィクトリア女王が愛した「帝国の赤」
時代は下り19世紀。大英帝国の黄金期を築いたヴィクトリア女王(※8)もまた、この石に魅了された一人でした。
1838年、彼女の戴冠式のために新調された「大英帝国王冠」の正面中央には、伝統に従ってこの黒太子のルビーが据えられました。若き女王を描いた有名な肖像画でも、彼女はこの石が輝く王冠を誇らしげに着用しています。
彼女はこの王冠を、「重すぎる聖エドワード王冠」の代わりとして議会の開会式などで好んで着用しました。世界を統べる女王の額(ひたい)で、その赤い輝きは帝国の繁栄を見守り続けたのです。
5. 真実が明かされても、特等席は変わらない
18世紀以降の科学の進歩により、ついにこの石が「ルビーではなくスピネルである」ことが判明します。しかし、それが石の価値を損なうことはありませんでした。
現在のチャールズ国王が着用する王冠(※9)においても、ダイヤモンド「 カリナン II」の上、正面の最も目立つ特等席は、変わらずこのスピネルの指定席です。

歴史の中で「ルビー」という名を背負い、王たちの命を繋いできたスピネル。その歩みを知ると、現代を生きる私たちがこの石を手に取ることの意味も、少し違って見えてきます。
かつては「ルビーのふりをした石」として歴史の影に隠れてきたスピネルですが、現代ではその「純粋さ」こそが、何物にも代えがたい価値として認められています。
加熱処理 をせずとも鮮やかに発色し、ダイヤモンドに迫る輝きを放つその潔さは、ありのままの自分を大切にする現代の感性に、美しく共鳴します。誰かの身代わりではなく、世界にたった一つの「スピネル」という輝きを選ぶこと。それは、情報や名前に惑わされず、自分自身の目で本質を見極める大人の、贅沢な楽しみと言えるのかもしれません。
この記事を通じて、スピネルという石をより身近に感じていただけたなら幸いです。
【注釈:歴史の背景を知る】
- ※1 グラナダ王国: 13世紀から15世紀にかけてスペイン南部に存在した、イベリア半島最後のイスラム王朝(ナスル朝)。
- ※2 第一次カスティーリャ継承戦争: カスティーリャ王国の王位を巡る内戦。イギリスやフランスも介入する大規模な国際紛争となりました。
- ※3 カスティーリャ王: 中世スペインの中央部にあったキリスト教国「カスティーリャ王国」の国王。
- ※4 ペドロ1世: 敵対する者を処刑したため「残酷王」と呼ばれましたが、法を重んじた一面もありました。
- ※5 黒太子(ブラック・プリンス): イギリス王エドワード3世の長男。中世ヨーロッパ最強の騎士と謳われています。
- ※6 ナヘラの戦い: 黒太子率いるイギリス軍が、数で勝る連合軍を撃破した戦い。
- ※7 アジャンクールの戦い: 「百年戦争」の激戦。数で劣るイギリス軍がフランス軍に勝利を収めました。
- ※8 ヴィクトリア女王: 19世紀のイギリス女王。「太陽の沈まない国」と呼ばれた大英帝国の最盛期を統治しました。彼女が着用した軽量の王冠のデザインが、現在の王冠のベースになっています。
- ※9 大英帝国王冠: 1937年に作り直された現役の王冠。2,868個のダイヤモンドの中で、黒太子のルビーは正面中央に配置されています。
【参考・出典について】 本記事で紹介した「黒太子のルビー(大英帝国王冠)」の仕様や詳細な来歴などは、所蔵元であるRoyal Collection Trust(イギリス王室ロイヤル・コレクション)の公式記録『The Imperial State Crown』に基づいています。また、スピネルとルビーの宝石学的な特性および歴史的背景については、 GIA (米国宝石学会)の資料やジャン・フロワサール『年代記』等の史料を参照いたしました。




