シャネルはなぜ「偽物」を愛したのか? ── 宝石の価値観をひっくり返した、反骨の美学
ココ・シャネルはなぜ「偽物」を愛したのか。パールネックレスをはじめとするコスチュームジュエリーに込めた反骨の美学と、宝石の常識を覆したファッション革命の真実に迫ります。

「首元にジャラジャラと巻き付けた、何連ものパールネックレス」
このスタイルと聞いて、誰を思い浮かべますか? おそらく多くの人が、ツイードのスーツに身を包んだガブリエル・シャネル、通称「 ココ・シャネル 」を想像するでしょう。
でも、あのアイコニックなパールのほとんどが「偽物(イミテーション)」だったという事実は、意外と知られていないかもしれません。当時、宝石といえば富と権力の象徴。それをあえて模造品で代用し、堂々と身につけるなんて、当時の常識からすればスキャンダルそのものでした。
なぜ彼女は、本物の輝きを遠ざけ、ガラスやプラスチックを選んだのでしょうか。そこには、単なる「デザインの好み」を超えた、彼女なりの強烈な哲学と反骨精神が隠されています。
「富を首からぶら下げるなんて、野暮じゃない?」
シャネルが活躍し始めた20世紀初頭、ジュエリーは女性のものであると同時に、男性の権力を誇示する道具でもありました。夫や愛人がどれだけ裕福かを、妻や恋人の首や指を飾る宝石の大きさで競い合っていたわけです。
シャネルにとって、それは耐えがたいほど「退屈で、野暮ったいこと」でした。
彼女はこう言い放っています。「宝石は、女性に富のオーラを与えるためにあるんじゃない。美しく見せるためにあるのよ」と。彼女にとって大切なのは、石のカラット数や市場価値ではなく、そのジュエリーが装い全体のバランスをどう引き立てるか、ただそれだけだったんです。
そこで彼女が提案したのが「コスチュームジュエリー」という概念でした。素材の価値にとらわれず、デザイン性やファッションとの調和を最優先にするアクセサリー。これこそが、彼女がファッション界に仕掛けた革命の一つです。
模造品だからこそできる、自由な表現
本物の宝石には、どうしても制約がつきまといます。巨大なダイヤモンドや天然真珠(当時は養殖技術も未発達で、とてつもなく高価でした)をふんだんに使えば、重くて首が凝りますし、何より防犯上の理由で気軽には歩けません。
しかし、模造真珠やガラスであれば話は別です。シャネルは、本物では不可能なほどのボリューム感を持たせたネックレスや、色鮮やかなガラス石(グリポワ)を使った大ぶりのブローチを次々と生み出しました。
彼女は本物のパールと模造パールをあえてミックスして身につけることも好みました。本物と偽物を混ぜこぜにすることで、「どれが高価か」という値踏みをする視線を煙に巻き、純粋に「スタイル」として楽しむことを提案したのです。
黒いドレス(リトル・ブラック・ドレス)に、白く輝くフェイクパールの大胆なコントラスト。あるいは、喪服の象徴とされていた黒い化石「ジェット」のような色合いを、あえてモードなアクセサリーとして取り入れるセンス。これらは、素材の値段に縛られないからこそ実現できた美学でした。
逆説的に見えてくる「本物の価値」
ここで面白いのが、シャネルは決して「本物」を完全に否定していたわけではないという点です。
実は1932年、彼女はダイヤモンド組合の依頼を受けて「ダイヤモンド・ジュエリー展(Bijoux de Diamants)」を開催しています。そこでは、本物のダイヤモンドを惜しみなく使いながらも、留め具をなくしたり、パーツを取り外してブローチにできたりと、あくまで「ファッションの一部」として機能する自由なデザインを発表しました。
つまり、彼女が嫌ったのは「本物の宝石」そのものではなく、それを「見せびらかすための道具」として扱う人間の浅ましさだったのでしょう。
本物だろうが偽物だろうが、つける人間自身のスタイルが確立されていなければ、ただの石ころに過ぎない。逆に言えば、自分という芯さえあれば、ガラス玉であってもダイヤモンド以上の輝きを放つことができる。シャネルの生き方は、私たちにそんなメッセージを投げかけているように思えます。
現代の私たちが、Tシャツに気軽に大ぶりのネックレスを合わせたり、ハイジュエリーとカジュアルなアクセサリーを重ね付けしたりできるのは、彼女が「宝石の民主化」をしてくれたおかげかもしれません。
次にアクセサリーを選ぶときは、値段や素材のスペックよりも、「これをつけた自分は好きか?」と鏡の中の自分に問いかけてみてください。これこそ、シャネルが教えてくれた、一番贅沢なジュエリーの楽しみ方ですから。


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